今日という日は残りの人生の最初の日

人生を充実させるコツは、より多くのものを好きになること。

神の無償の愛 ―『stay with me』を聴いた感想

休み明けのお仕事はやっぱり怠いですねぇ。

でも今週末はお楽しみがあるのでそれを励みに頑張ってます。
できれば今月中に全曲分レビュー上げたいので今日も書きます。
お気軽にお読みくださいませ。
 

■stay with me feat.平田義久

▼Lyric&Music:平田義久様 

Gt&Baimie様
Illustpasoputi様
Vocal(ボカロ版):初音ミク & 闇音レンリ
 
VOCALOID Ver.

 
▼田口さん歌唱Ver.

 
▼ボカロP対談(平田義久 × 左手 × 田口淳之介

 
▼”TA”Good Night LIVE vol.10 -stay with me-

 

■田口さんによるレビュー

・ジュウゴノシンゾウ全14曲の中で唯一のデュエット曲。
・曲のリリックのイメージは、田口さんの恋愛観を平田さんに投影して頂いたもの。最初にリリックを含めたデモを頂いたが、田口さん自身の想いをもっと込めたものにしたいというディレクションをした。
 平田さん「田口さんから『もっと情熱的な歌詞にして欲しい』と希望があり、ちょっと分からないなと思った部分があったので、ご自身の過去の事や今の想いについて独自にヒアリングをさせて頂きました」
・支えてくれる大切な人と一緒に進んで行くという田口さんの想いを平田さんが歌詞に込めた。
・恋愛において、お互い傷つけあったりすることもあるし、支配や抑圧に駆られることもあるが、お互いに全てを許し、認め合い、受け入れ、癒し合うことが田口さんの中での理想の愛の形である。平田さんがその思いを上手くリリックに書き起こしてくれたと思う。
・MVのイラストはmellowシリーズ特有のものだが、ちょっと「田口さんっぽい」という感想を抱いた人が多い。
・MVのラストの一文として、「フォレスト・ガンプ」の一節が表示されている。
 「人生はチョコレートの箱みたい。開けてみるまで中身は分からない」
 かつて田口さんが舞台の仕事でフォレスト・ガンプを演じたことがあるため、自分の経歴を調べてくれていたと当初は思った。しかし実際は平田さんはその事実を知らず、飽くまで「自分の好きな台詞」として取り入れてくれたとのこと。(素敵すぎる偶然だ…)
 

■制作過程

・平田義久さんは田口さんからのオファーによる参加。一番最初に田口さんとやり取りをしたボカロPさん。
・2019年11月に企画をスタートしたが、それより更に前の7月頃に平田さんから田口さん宛にDMをくださった。「何かお力になれることがあれば仰ってください」と。(あの一件の真っ最中ですね…)平田さんは元々電波工作で田口さんとの関わりがあり、その時にお世話になった恩返しがしたいという思いがあった。田口さんも電波工作で繋がったご縁を何か形にしたいと思っていたので、11月に楽曲提供を依頼したい旨返信した。
 平田さん「田口さんもそうですし、田口さんのファンの方にも良くして頂いたので、ようやくその恩返しができるなと」
・去年の事があって、それでも自分に声をかけてくださる方がいらっしゃったことがとても励みになったという田口さん。
・オファー枠と公募枠があったが、公募枠も150人を超える応募があったことが嬉しかった。自分がハブのような存在になって、ボカロ界と自分の間で音楽の広がりを見せていけたらと強く思った。
・制作にあたって、平田さんとは喫茶店で直接お会いした。
 平田さん「めっちゃ脚長かったですよね。知ってます?ボーカロイドリスナーの間では田口さんは脚7メートルあることになってます」
 (田口ファン界隈の常識がボカロリスナーの間でも広がって且つ本人に伝わっているの面白すぎ)
・田口さんと音楽制作している旨を周りの友人に伝えると、皆ビックリするという平田さん。
 平田さん「まさかですよね、あの田口淳之介と」
・曲を田口さんに送った際に色々ディレクションが入ったが、全て「確かにこの方が良いな」と思えるような的確なものだった。対応も柔軟なので割と好きにやらせてもらえた。
・田口さんから「これは男女のデュエットになるとカッコイイ」と感想を頂き、平田さんにも同じ思いがあったので、ミクさんとのデュエット曲となった。
・田口さんとミクさんの声のハーモニーが驚くほどしっくり来た。平田さんが田口さんの録音した声にピッタリ合うようにミクさんの声を調整した。
 

■平田義久さんのこと

・音楽作家&映像作家。ジャズやR&Bに根差したボカロ曲「mellowシリーズ」をリリースしている。
・田口さんとは「田口淳之介の電波工作」で以前から関わりあり。参加もしたが、1リスナーとして楽しく拝聴していた。
 平田さん「アレの為にradikoプレミアム入ったのに以後全然使ってないです…」
・平田さんのmellowシリーズの特徴は、夜特有の雰囲気のある独特な曲調。夜といえば、感傷的になったり相手を想ってほっこりしたりする時間であり、平田さんはその感情を上手く曲に表現してくれる。
・最初にメールのやりとりをした時、平田さんはかなり落ち着いた方なのでおそらく自分と同い年か年上だろうという印象を抱いた田口さん。でも実際は田口さんよりかなり若い「青年」だった。年齢の割に達観していたので距離感もそこまで感じず、安心して話せた。
・対談でご一緒した左手さんとはただならぬ関係。「しゃべるボカロとボカロP」という平田さん主催の企画でも共演。
 田口さん「ブンブンブブブンのくだりとか超面白かったw」
・仲の良いボカロPは左手さんとねこむらさん。「泡沫金魚」で話題になったruluさんとも仲良し。
・音楽のジャンルはUKロックが好き。mellowシリーズで主題としているR&Bやジャズも聴いているが、かなり幅広い音楽を聴いている。
・他の楽曲で気になった曲はsavastiさんの「祈るほど後悔」と水彩画Pさんの「Cc:京都遊郭にて、空蝉。」。
 平田さん「水彩画Pさんに関しては『ヒヨってないな』と。田口さんへの楽曲提供という中でも全く己のスタイルを崩さず、でもカッコイイっていう」
 

■平田義久さんのオススメ楽曲

▼夜がはじまる

 
▼fallin' fallin'

 
▼東京は夜

 

■「stay with me」における田口さんのパフォーマンス

・ジュウゴノシンゾウLIVEでの歌唱が初めてかな?あの演出は本当に感動した。
 曲順では「路地裏探訪」「慣性スケーター」「閉花予想」といったアップテンポの楽曲から続くものだったので、ここからどう繋ぐんだ…?と思ったら、飛鳥さんのピアノパフォーマンスを間に挟んでそこから上手くしっとりした曲調に繋いでいた。
・歌う時は基本的に着座スタイル。スツールに座ってしっとりと歌うパフォーマンスが定着している。確かに、夜の雰囲気に浸る曲としてはそういうスタイルがピッタリ当てはまると思う。
・ジュウゴノシンゾウLIVEではそこまで着ていたスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めてリラックスした服装で歌っていた。(そこまで意識したかは分からないけど)ここも「夜」のアンニュイで落ち着いた空気感が出ていたと思う。
・ミクさんパートではミクさんの歌声に浸っているような表情や、後ろでピアノを弾いていた飛鳥さんと密かに笑い合う姿が微笑ましかった。そこにミクさんの姿はないけど、まるですぐ隣で歌っているような存在感を感じさせた。
 

■総括

曲も勿論素敵なんですが、何よりお二人の制作過程におけるエピソードに感動してしまいました。
ジュウゴノシンゾウspecial weekはリアタイで追えておらず、後追いでそれぞれの曲について把握させていただいたのですが、まさかこの企画が平田さん側からの発信によるものだったとは…。
いや、企画の立案自体は田口さんによるものでしょうが、最初にお声がけいただいたのがボカロ界隈の方からだったという事実を知った時は、驚きと感動が込み上げてきました。田口さんの復帰作はコスモシティというアルバムではあるものの、復帰後に一から作り出したものはこのジュウゴノシンゾウであるため、そのきっかけとなってくださった平田さんにはもう足を向けて寝られませんね。大変な局面の中、彼が復帰する上でそのお声がけが大きな後押しとなったことは間違いないと思います。本当に感謝してもしきれません。
 
そして今回、この楽曲は唯一田口さんの想いをエッセンスとして加えた歌詞となっています。
他の楽曲にどこまで田口さんのディレクションが入っているかは定かではありませんが、割と他のボカロPさんはご自身の思いを歌詞に込めている印象だったので、平田さんからわざわざヒアリングをしてくださってまで歌詞を書いていただいたことは大変貴重なものといえます。
この歌詞に含まれているのは田口さんご自身の「恋愛観」とのこと。タグラブで彼も深いところまで語っていましたが、彼の恋愛観において最たるものは所謂「純愛」。更にその内容を聞いてみた限り、彼の恋愛観はキリスト教における「アガペー」と限りなく近い思想であると私は感じました。
 
アガペーとしての愛は、価値や報いがあるからそのものを愛するというのではなく、無価値と思われるものをこそ愛し、はげまし、勇気づけてくれるものである。この愛は無差別平等の無償の愛として万人にそそがれる。
(アガペーとは)どんなに弱く、無価値のように見える人に対しても、常に無償で、無差別に与え続ける愛のことで、価値のあるものを求めるギリシャ思想のエロスとは対照的である。

 

…ちょっと難しい内容ですが、「アガペー」とは無償の愛、自己犠牲の愛と呼ばれるものです。
「自己犠牲」といわれると字面的に少し穏やかではありませんが、自分の損得勘定で計らない愛という意味では、彼が語っていた理想の愛の形に一番近いのではないかと。
 
神々が見放した長い夜」「巡礼者の詩も今は聴こえない」「彼らの罪と罰とを量ってた」という歌詞には、まるで夜の教会で祈るように歌っているような「神」の存在を感じます。(天使の羽が舞っているMVの演出もそれっぽい)
また、「どうか君に加護がありますように」というフレーズは「自分が相手を守る」というものではなく、飽くまで加護というのは神が与えるものであるという思いを感じ、そこが何とも彼らしいなぁと思うところがありました。
 
この楽曲は唯一の男女のデュエット曲ですが、男女間の愛というのは純粋に見えて実際は非常に利己的なもので、結果的には相手側の犠牲を要求することが多いように思うのが現実です。
「夜」を舞台にした「愛」の歌というのは割と有り触れていても、どちらかというと空しさや人間特有の身勝手さを感じるものが多いような気がして、最近平田さんが出された「ナイトドライバー」なんかはそれこそ”すべての最低な夜のために”描かれた、「stay with me」とは対極にある感情が全面に出ている印象ですね。
そういうアンニュイでネガティヴな雰囲気も決して嫌いではないのですが、どこまでも純粋な理想の愛の形を込めに込めた「stay with me」は、ある意味田口さんの歌う必然性を感じるというか、彼のエッセンスが平田さんの世界観に入ってきたからこそできた楽曲だなあと思います。
MVのラストに「フォレスト・ガンプ」の一節が出てきますが、主人公のフォレストもまた、如何なる時でもジェニーを愛し続けた所謂「純愛」の持ち主なんですよね…
 
多くの人は「本当の愛なんてないのだ」と思いつつも、現実に納得し満足しているかと言うとそうでもない。
損得勘定と関係なしに、損得を超えて奉げる愛があったらそれはどんなに尊いものだろうか。
そんな「神の愛」ともいえる壮大な愛を描いた、神聖な楽曲でした。